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横浜家庭裁判所 昭和40年(少)6506号 決定 1965年10月25日

主文

別紙一記載の各事件を、横浜地方検察庁検察官に送致する。

別紙二記載の各事件について、少年を処分(刑事処分、保護処分)に付さない。

理由

(一)  横浜地方検察庁検察官に送致する事実(罪となるべき事実)

別紙一記載のとおりである。

上記の事実中

第一の一および第四の事実は、刑法第二四〇条後段、第二三六条、第二四三条

第一の二の一の事実は、刑法第二二二条

第一の二の二の事実は、刑法第九五条第一項

第二の一ないし三の事実は、刑法第二三六条

第三の事実は、刑法第二二〇条

に各該当し、その罪質および犯情に照らし、いずれも刑事処分に付することが相当と認められる。

(二)  検察官送致に付さなかつた事実について、当裁判所の判断

一、検察官送致に付さなかつた事実

別紙二記載のとおりである。

二、上記の各送致事実につき、主文第二項掲記の決定に付した理由

(1)  一の事実は○所巡査に対する強盗殺人の事実の中に、三の事実は○所巡査に対する強盗殺人、○原巡査に対する強盗殺人未遂、○山巡査に対する強盗未遂、「○○○○銃砲店」における強盗殺人未遂等の事実中に、四、五および七、八の事実は「○○○○銃砲店」における強盗殺人未遂の事実中に当然包台されているものであつて犯情として考慮されることはともかく、特に起訴を相当とする事案とはこれを認め難い。

(2)  二の事実は犯行時少年は警察官を装い被害者○代○○子方に赴いたのであるが、同女は少年が警察官であることにつき半信半疑の状態であつたばかりでなく、少年は正面から被害者にけん銃を向けておらず、被害者の畏怖の程度も低く、脅迫罪を構成したとしても犯情は軽微であるので特に起訴の要はない。

(3)  六の事実は未遂に終つただけに犯情は軽い。且つ、少年は○川○雄、○村○一、後○久等よりつぎつぎに自動車を強奪して逃走した経過の中で立証上明らかにされる事実であるので、犯情として考慮すれば足り、特に起訴を相当とする事犯と認め難い。

(4)  九、一〇の事実は○所巡査に対する強盗殺人、○山巡査に対する強盗未遂、○原巡査に対する強盗殺人未遂の事実中に含まれ、当然明らかな事実であるが、既に強盗殺人等の重罪が構成される以上、同巡査らに対する公務執行妨害罪まで起訴の対象とする必要は認め難い。

上記の各事由から送致事実中別紙二記載の各事実については、いずれも保護処分の要件が具備せず、また刑事処分に付する必要も認め難いので主文第二項掲記の決定に付した次第である。

よつて、主文第一項につき少年法第二〇条、同法第二三条第一項、主文第二項につき同法第二三条第二項を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 中利太郎)

別紙一

被疑者(少年)は、昭和四〇年七月○○日午前一〇時五〇分頃、神奈川県高座郡○○町○○×××番地の(イ)の林の中の道路において所謂一一〇番電話を使つておびき出した、神奈川県大和警察署鶴間駅前警察官派出所勤務巡査○所○雄(当時二一年)をライフル銃(マスター・ボルド式二二口径)で狙撃した上、銃床で殴打する等して同巡査を昏倒せしめ、同人より実包五発を装てんした警察官用四五口径拳銃一丁等を強取した後

第一、警察官を装つて逃走しようと考え

一、昏倒した前記○所巡査を附近の林の中に引きずりこみ、同巡査より奪つた警察官用のズボン、拳銃サック付きの帯革、ヘルメット等を自ら着用し、右警察官用四五口径拳銃を右帯革のサック内におさめ、警察手帳、手錠、捕繩等を携行してその場を立去らんとしたところ、同日午前一一時二〇分頃前同所同番地先の三叉路で、前記一一〇番電話によりパトカーで同所に赴いた同署外勤係巡査の○原○雄(当二三年)、同○山○広(当二七年)がパトカーを停め、被疑者の方に歩いて来るのを認めるや、突嗟に同巡査両名を右拳銃で脅迫し、同人等から警察官用拳銃、同実包等を強取し、更にパトカーを強取して同人等に運転させて逃走し、もしその間抵抗すればこれを射殺してもやむを得ないと考え、一旦右三叉路北方の道路脇に隠れた後、右両巡査が近かづくや道路上に飛び出し、これに所携の拳銃を突きつけ、「手を首の後ろに廻わせ」、「拳銃を渡せ」等と申し向けて脅迫し、右両名を右パトカーの傍に迫いつめた上、「パトカーに乗れ」と申し向け同人等の抵抗を抑圧し警察官用拳銃パトカー等を強取しようとしたが、右○原巡査がすきを見て、被疑者に対して拳銃を構え発砲したため、即座に同巡査に対し、右拳銃を三発位発射し、内一発を命中させて逃走し、右強取の目的は遂げなかつたものであるところ右銃撃により○原巡査に対し、全治約一ヵ月を要する下腹部貫通銃創の傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害するには至らなかつた。

二、その直後同日午前一一時三〇分頃、高座郡○○町○○×××番地○坂○太○方に至り同人に対し警察官を装い、「今この辺で射ち合いがあつて、犯人に逃げられたから車を出して貰いたい」旨申し向け、その旨信じた同人をして、その所有の軽四輪乗用車(マツダ六神う○○○○号)を運転させ、これに乗車して逃走中、同日午後零時五分頃東京都町田市原町田二丁目五番地所在、東京警視庁町田警察署原町田二丁目警察官派出所前十字路において、右○坂が同派出所に連絡に行こうとして右自動車を一旦停車させて下車した際被疑者も下車したが、すでに大和警察署管内で前記事件が発生し、犯人は右○坂の自動車で逃走中である旨通報を受けていた同派出所勤務巡査○藤○夫が、右自動車を認め、被疑者に近かづいてこれを逮捕しようとしたところ

一 矢庭に前記拳銃を右○坂の脇腹につきつけ、二、三回こづく等して、同人の生命、身体等にどんな危害を加えるかも知れないような態度を示して同人を脅迫した、

二 さらに、右○藤巡査に対し前記の如く右○坂の協腹に拳銃を突きつけながら「近よるな、近よると射つ」等と申し向けた上、同巡査にも銃口を差し向け同巡査等の生命、身体等にどんな危害を加えるかも知れないような態度を示し、同巡査を脅迫して前記公務の執行を妨害した、

第二、前記の如く○藤巡査に逮捕されようとし、又既に被疑者の逮捕方を各警察署間に手配されていることを察知したため、次々に自動車を強取して乗りかえながら逃走しようと考え

一、前掲第一の二記載の日時、場所においてたまたま乗用車(トヨペットコロナ、相模五ほ○○○○号)を運転して前記十字路にさしかかつた○川○雄(当二九年)が同十字路で一旦停車したのを目撃するや突嗟に右自動車を強取しようと考え、矢庭に右自動車の窓越しに同人に対し右拳銃を突きつけ「騒ぐと射つぞ」と申し向け同人を脅迫してその抵抗を抑圧し、右自動車内に乗り込んだ上、同人に命じて発進運転させて右自動車(○川○平所有時価六八万円相当)を強取した。

二、同日午後一時一〇分頃、川崎市○××××番地先多摩川堤防上道路において、○村○一(当二三年)が乗用車(ニッサン・セドリック、ライトバン足四あ○○○○号)を停め、車内で休息しているのを目撃するや、これに接近し右自動車の窓越に前記拳銃を同人に突きつけ、「車をとりかえてくれ」等と申し向けてこれを脅迫してその抵抗を抑圧し、同人をその自動車から下車せしめ、かわつて○川と共に乗込んで右自動車(○映運送株式会社所有時価四〇万円相当)を強取した

三、同日午後二時頃東京都小金井市○○町○ノ××番地都立○金○公園駐車場東側道路において、後○久(当三一年)が乗用車(ニッサン・セドリック五さ○○○○号)を停め、車内で○木○○子(当二九年)とともに休息しているのを目撃するや、これに接近し、右自動車の窓越に前記拳銃を同人等に突きつけ、「俺は強盗だ、ドアを開けろ、騒ぐな」等と申し向けてこれを脅迫してその抵抗を抑圧し、○川と共に右自動車に乗り込んだ上、右後○に命じて発進運転させて右自動車(同人所有時価二二万円相当)を強取した

第三、前記の如く強取した自動車で逃走するに際し、自己の犯行が警察官に通報されることを防止し、かつ右○川、後○等にこれを運転させるため、同人等を自動車内に監禁しようと考え、

一、前記○川に対し、前掲第二の一記載の日時、場所において、前記自動車を強取するや、拳銃を突きつけて脅迫し、その脱出を不能ならしめた上、右自動車内に押しとじめ、同人に命じてこれを運転させ、前掲第二の二記載の日時、場所に至り、前記○村よりその自動車を強取するや、前同様の方法で右自動車に○川を移乗させてその脱出を不能ならしめた上、さらにこれに運転させ、前掲第二の三記載の日時、場所に至り、前記後○より前記自動車を強取するや、さらに○川を前同様の方法で右自動車に移乗させてその脱出を不能ならしめた上、前に引き続き車内に押しとじめ

二、前記後○、○木に対し、前掲第二の三記載の日時、場所において、前記自動車を強取するや、拳銃を突きつけて同人等を脅迫し、その脱出を不能ならしめた上、前記の如く移乗せしめた右○川とともに右自動車内に押しとじめ、後○に命じてこれを運転させ、

因つて、右○川については同日午後零時五分頃から、後○については同日午後二時頃から、東京都渋谷区○○町××番地「○○○○銃砲店こと○○○○商事株式会社前を通過し、さらに都内を通過して、再び「○○○○銃砲活」前に至り、被疑者自ら下車する同日午後六時頃までの間、右○木については、同日午後二時頃から、同日午後三時三〇分頃、同区○○○丁目××××番地附近で同人を下車させるまでの間、右三名をそれぞれ監禁した。

第四、右逃走中警察官より追跡を受け、逮捕されようとした場合には警察官を銃撃してさらに逃走をはかるため、前記「○○○○銃砲店」に押し入つて、銃や銃弾を強取しようと考え、同日午後六時頃、同店内に至り、店内にいた同店店員○田○忠(当一六年)、同○田○郎(当六五年)、同森○子(当二一年)、その妹森△子(当一六年)等に対し、前記拳銃を突きつけ「俺は警察官を二人殺してきた、豊和のライフルを持つてこい、本当に射つぞ」等と申し向けて同人等を脅迫し、その抵抗を抑圧し、豊和ライフル銃(三〇口径)一丁と、これにあう銃弾五発を出させてなお爾後の逃走に備え、同銃用三〇発装てん可能の弾倉一箇、レミントン七四二型ライフル銃(三〇口径)一丁、ウインチェスター、モデル一〇〇型ライフル銃(三〇口径)一丁、ライフル銃弾(上記三丁のライフル銃にあう三〇口径ライフル銃弾等五一七発位)、弾薬箱一箇、前記警察官用拳銃にあう拳銃弾一発等(以上「○○○○銃砲店」または同社社長○達○康所有、時価総計四一万円位)を右○田等に出させていずれもこれを強取しつつその機会の継続中前記○川、後○等の届出により、被疑者の逮捕に向つた警察官が同店表に到着し、報道関係者、一般人もこれに加わつて、同店を包囲するや、逃走のためそれらの者を銃撃しこれを射殺してもやむを得ないと考え、右○田、森○子等を楯にして同店表道路より、或いは店内がらそれらの者に向け、豊和式ライフル銃で一二二発位、レミントン七四二型ライフル銃で七発位、ウインチェスター、モデル一〇〇型ライフル銃で四発位、前記拳銃で二発を発射し、別表記載のとおり○野○郎ほか一五名に対し同表記載の場所で名銃弾を命中させたが、それぞれ同表記載の傷害を負わせたにとどまり、同人等を殺害するには至らなかつた

ものである。

第一の一     強盗殺人未遂

第一の二の一   脅迫

第一の二の二   公務執行妨害

第二の一、二、三 強盗

第三       監禁

第四       強盗殺人未遂

別表

番号

被害年月日時

被害場所

身分

被害者

(年齢)

銃創等の部位

程度

昭和四〇年七月○○日午後六時一五分頃から同六時一六分頃

東京都渋谷区○○町二八番地先路上

警察官

警視庁自動車警邏隊隊員

○野○郎

三八

一 右手掌部貫通銃創

二 右上膊部及び右側胸部擦過傷

三 右鼠谿部及び右大腿部盲貫銃創

全治一ヵ月

上同日午後六時二〇分頃

上同町一六番地先路上

警察官

麹町署外勤係

○川○助

三七

右肩部貫通銃創

全治四週間

上同日午後七時一五分頃

上同町一一番地先路上

警察官

渋谷署捜査係

○井○正

四四

一 右鼠谿部右睾丸盲管銃創

二 右骨盤(坐骨)複雑骨折

約二ヵ月半の安静加療

上同日午後七時一五分頃

上同町一三番地先路上

警察官

警視庁自動車警邏隊

○石○郎

三五

右下腿部盲貫銃創

全治二週間

上同日午後七時二〇分頃

上同所

警察官

原宿署外勤第二係

○方○範

三二

一 背部盲貫銃創

二 左前額部裂創

三 上口唇部裂創

四 右腕関節擦過傷

約一ヵ月の安静加療

上同日午後六時五分頃

上同町二八番地先路上

一般人

朝○茂

二一

一 左上腕貫通銃創

二 左腿部盲管銃創

約二ヵ月

上同日午後六時七分頃

上同町三一番地先路上

○老○利○

二二

一 頸部破片創

二 左上腕破片創

約一〇日間の安静加療

上同日午後六時二〇分頃

上同区△△町二五番地○記念体育館角路上

○山○一○

二七

頭部盲管弾片削

約一週間の通院加療

上同日午後六時三〇分頃

上同所○記念体育館前路上

○村○子

二二

顔面挫創

一〇日間の加療

一〇

上同日午後六時三〇分頃

上同所

○平○恒

二三

右上腕部盲貫銃創

二週間の加療

一一

上同日午後六時四〇分頃

上同区○○町一六番地旧○○区役所ガレージ内

○隅○昭

二一

左手貫通銃創

約三週間の安静加療

一二

上同日午後六時五〇分頃

上同区△△町二五番地○記念体育館前路上

○国○也

二七

一 右側頸部盲貫銃創

二 右前額部盲貫銃創

約三週間の加療

一三

上同日午後七時頃

上同所

○沢○雄

二〇

一 左大腿部盲貫銃創

二 左下腿部盲貫銃創

約三週間の加療

一四

上同日午後七時五分頃

上同区○○町一三番地先路上

報道関係者

○田○夫

三七

右上腿より下腿貫通銃創

約一ヵ月の安静加療

一五

上同日午後七時一〇分頃

上同町一六番地○○消防署前路上

○井○伍

三三

左前腕盲貫銃創

一週間の加療

一六

上同日午後七時一四分頃

上同町一三番地先路上

○田○一

三六

左臀部擦過傷

一週間の安静加療

別紙二

一、何等の法定の除外事由がないのに昭和四〇年七月○○日午前八時ごろから同日午前一一時ごろまでの間、東京都世田ケ谷区○○×丁目×番地×号の自宅より神奈川県高座郡○○町○○×××のT番地先路上まで二二口径バルト式五連発ライフル銃(五五二号)一挺ならびに同銃実包五〇発を携帯所持した事実

二、前判示第一の一の犯行後逃走するに当り、自動車を乗り継ぎする目的で同日午前一一時ごろ前記○○町○○×××番地○代○○子(五六歳)方車庫にあつた乗用車を見て、同家玄関内に至り、警察官を装い、同女をして誤信させ、○所巡査から強取したけん銃を右手に所持し、同家六畳間脇の廊下に土足のまま侵入し、同女に対し「自動車の錠はあるか」「まだ弾が三発あるんだ」等と申し向けて、同女を畏怖させて、以つて脅迫した事実

三、何等法定の除外事由がないのに同日午前一一時ごろ前記○○町○○××のイ番地から同日午後七時二〇分ごろ東京都渋谷区○○町××番地○○○○銃砲店前路上において警察官に逮捕される直前までの間、前判示の○所巡査から強取した四五口径回転式SWけん銃一挺ならびに同実同一個を不法に所持した事実

四、何等法定の除外事由がないのに同日午後六時ごろから午後七時二〇分ごろまでの間前記○○○○銃砲店およびその付近において、口径〇・三〇インチ豊和自動式ライフル銃(銃番号第三六六九号)一挺ほか五挺を所持した事実

五、法定の除外事由がないのに前記四の日時、場所において、口径〇・三〇インチ豊和式ライフル銃ほか二挺を使用して実包約一一〇発位を発射させ、もつて火薬箱を爆発させて、消費した事実

六、同日午後零時四〇分ごろ神奈川県川崎市○○×××番地先路上において乗用自動車ブルーバード・デラックス(品川五ふ○○○号)を運転中の○辺○平(五三年)に対し、自動車を停車させたうえ、けん銃を突きつけて、その反抗を抑圧し自動車を強取しようとしたが、同人が驚愕してアクセルを踏んだので発進走行したため、その目的を遂げなかつた事実

七、同日午後六時ごろ前記○○○○銃砲店において同店店員○田○忠ほか三名に対し、所携の四五口径回転式SWけん銃を突きつけ「俺は大和で警察官二人を殺してきた、四五口径のけん銃の弾を出せ、ライフル銃をもつてこい」等と申し向けて、同人らを脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、同人らを同日午後六時ごろから同日午後七時二〇分ごろまでの間同所に不法に監禁した事実

八、前同日時ごろ前同所において逮捕に向つた警察官にライフル銃を乱射して前記○○○○商事株式会社社長○達○康管理にかかる骨董銃マッチライフル等五点を破壊したほか、別紙一覧表<省略>のとおり二〇件の器物を毀棄した事実

九、同日午前一〇時五〇分ごろ前記○○町○○×××番地の(イ)先の山林中の道路において神奈川県警察大和警察署鶴間駅派出所勤務巡査○所○雄巡査が本署から空気銃不法使用者の捜査下命をうけて同所におもむき少年を認め公務執行のため、職務質問を実施するや、これを拒み、所携の五発装填の二二口径ライフル銃を同巡査に向けて一発発射し同巡査に重傷を与えて、同巡査の公務執行を妨害した事実

一〇、別紙第一の一の犯行のさい、同日午前一一時二〇分ごろ同記載場所において○所巡査の応援捜査下命によつて同所に赴いた同記載の○山、○原両巡査に対し、○所巡査より強取した実包五発装填の四五口径回転式SWけん銃をつきつけて脅迫して、同巡査の公務の執行を妨害した事実

上記の事実中

一の事実は、銃砲刀剣類等所持取締法第一〇条第一項、第三二条第一項第一号、火薬取締法第二条、第二一条、第五九条第二号

二の事実は、刑法第一三〇条第二二二条

三および四の事実は、銃砲刀剣類等所持取締法第三条、第三一条

五の事実は、火薬取締法第二五条、第五九条第五号

六の事実は、刑法第二三六条、第二四三条

七の事実は、刑法第二二〇条

八の事実は、刑法第二六一条

九および一〇の事実は、刑法第九五条

に各該当するものと考えられる。

参考一(少年G・Hに対する少年調査票から抜すい)

事件受理

昭和40年8月19日

昭和40年10月7日

40年少第5344号

40年少第6506号

身柄

追送

証拠品

共犯者

受理回数

備考

受理種別

横浜地方検察庁

神奈川県大和警察(5344号)

警視庁(6506号)

<有>

<無>

1回

行為

5344号

6506号

強盗殺人

強盗殺人未遂 強盗 監禁

公務執行妨害 脅迫 器物損壊

少年氏名

G・H

昭和22年4月15日生( 年 月)

出生別

通称変名なし

性別

本籍

東京都世田ケ谷区○○×丁目×××番地

学籍

職籍

出生地

東京都世田ケ谷区○○×丁目○番地

昭和38年3月31日

東京都世田ケ谷区立○○中学校卒業

なし

住居

東京都世田ケ谷区○丁目×番地×6

備考

*少年の生年月日は法律記録添附の戸籍謄本と対査ずみ。相違ないことを確認した。

家族・その他

続柄

氏名

年令

職業

教育程度

備考

実父

G・S

58

大工

小卒

日給1,900円(事件調査当時)月収約4万円位

義母

S・K

43

なし

小卒

実兄

G・D

29

塗装業

中卒

月収約4万円位

実兄の妻

G・R子

37

なし

旧制高女卒

実姉

G・S子

24

芸者

中卒

中郡○○○町住込在住

実姉

G・Y子

21

なし

経済状態

宅地48坪(坪あたり時価4万円相当)家棟15坪1棟を所有

貯金は約8万円位で父の収入で生活している。

生活は一応安定している。実兄も同じ敷地内に一戸を構えているが少年との間の経済的援助関係はない。

住居状態近隣環境

8畳6畳2畳の3室で8畳は昭和32年増築した部分で造りつけの二段ベット4箇があり、機能的に造られている。少年はベットの上段の奥の方を使用してした。屋内全体に整理整頓は行きとどいている。

住居は井の頭線△△△駅より徒歩約5分位、中級住宅街をぬけた窪地の一隅にあり、日当りよく、そのへんの一帯は木造アパー卜やバラックを改造したような家屋が雑然と立ちならび、周辺の中級住宅街とはかなり趣を異にしている。

少年の個人史・行動歴

家庭および環境史

昭和22年4月15日東京芝赤十字病院で生れる。安産、出産一昼夜経過後父が母と子供を大八車にのせて家まで連れて帰つた。母乳豊富で母と共に健康、発育は順調。4歳位まで時々ヒキツケをおこしたようだ。(父)

昭和25年、当時現住所は国有地のため立退をせまられ、立退かない場合は昭和28年までの間に坪300円で買いとるようにいわれ、経済的に困つて実母は屑屋手伝(買子)としてリヤカーをひきあるいた。土地を手に入れるため夫婦協力する。

昭和26年近所の保育園にあずけらる。同じ位の子供達と遊戯をしたり、母のリヤカーにのせてもらつて出あるいたことを覚えている。(少年)

昭和28年12月兄のG・D結核発病

昭和29年2月長野県で療養生活始まる。

昭和29年4月△△△小学校へ入学する。

少年は兄姉の中で一番素直でおとなしい。実母は特に可愛いがつていたと思う。(父姉S子)

弱虫で喧嘩して泣かされて帰ることが多かつた。駈けつこをしてもいつもビリだつたがくやしいとは思わなかつた。(少年)

小学校4年生1学期実母死亡する。

昭和32年10月5日実母代々木の○○温泉で腦溢血で倒れ家におくりもどされたが即日死亡

する。

実母の死亡前日少年も母の慰安旅行に賛成したが、その結果母が倒れたということで後悔した。(少年)

少 年と姉S子は死んだ母に縋りついて泣いたが姉Y子だけはその横でポカンと突立つていたのでひどく腹がたつた。(少年姉S子)

少年の様子にどことなく淋しさがあらわれてきた。家庭訪問の折にも僕の家は僕1人だよといつていた。(小学校担任教師)

実母死亡後家事は主として姉S子がやつた。

父は実母健在時に比べて酒量がふえ、気むずかしくなり時々家族にあたつた。

昭和33年5月頃姉S子は家出する以後単身で池袋、渋谷へんの飲屋、バー等を転々としていた。

小学校5年1学期初め姉S子が家出する。5年生1学期頃に40日間の怠学がある。姉Y子と近くの空地で遊んでいた。この頃よく父に殴られた。(少年)

小学校5年1学期の終頃義母が家に入る。

義母が来て最初お母さんと呼ぶのはテレクサカッタがすぐになれた。(少年)

少年は従来の明るさをとりもどして来た。(小学校担任教師)

昭和33年7月実父義母と内縁に入る。

父の再婚には兄G・Dも少年も賛成した。Y子は義母になじめないままふてくさつていた。(父姉S子)

小学校5年生頃より漫画本などを愛読又飛行機やガンにあこがれ、同級生のN某等と傘の柄を利用して手製のピストルを造り、花火をつめてビー玉を飛ばしてみた。

昭和35年3月△△△小学校卒業

昭和33年4月頃よりガンブーム文房具店でガンモデルなど売出されて来た。

昭和35年4月16日○○中学校へ入学。

入学直後、同じクラスの女生徒より姉Y子の悪口をいわれ、くやしくて泣いた憶えがある。(少年)

友人のF少年は少年のこの様子を見てG・Hは男らしい奴だ、相手に喰つてかかつたりせずじつとがまんしているところに感激した。以後意気投合する。飛行機のことガンのこと未開地探険のことなどで話が合う。親交を深める。

中学1年生の折F、Y、S等の友人などと將来ブラジルへ行くことを話し合い、小遣をためることを計画する。(Sはすぐにあきてしまつた)(少年)。Fと2人で都庁へ渡航手続など調べに行き又旅行記や漢方薬の本など読んでブラジル行きにそなえてノートをとつたりする。(奧地に入つて思いきり銃をパンパンうつてみたかつた)。(少年)

中学一年生の折、ガンに対する関心も次第に昂まり、大藪春彦のウインチェスターM70を古本屋で借り、銃のことが沢山書いてあるので好きになり愛読し、次々に大藪著の本を読み出した。ガンファンなどの雑誌を求めて読んだ。(少年)

昭和36年2月 中学1年の終頃他家のガレージからバイクのシリンダーヘッドを無断で持出し遊んでいるうちに紛失してしまい、北沢署に自首誓約書を書く。

昭和36年4月 中学2年の頃父にせがんで700円のピストル玩具を買つてもらう。(本物そつくり)

昭和36年夏頃 新宿区紀の国屋でシスターズバイブルを1,500円で購入(Fも買う)

昭和34年5月7日姉Y子 窃盗 不開始

(東京家庭裁判所)

中学校在学中父母共積極的に少年の学業成績等に関心を示したことはなかつた。

昭和36年秋頃 Fと共に米軍の海軍記念日に厚木基地へ飛行機を見に行く。

この頃にFと2人で大和市のFの伯母の家へ空気銃を撃ちに行つたこともある。

授業参観などにも参加したことはなかつた。

昭和37年4月 中学三年 夏には霞ケ浦でFと共に筏で一周することを計画したが計画倒れになる。

昭和37年秋頃 Fと2人で防衛博覧会に行き、自衛隊入隊を決意する。入隊願書をもらつて帰る。

昭和38年2月 中学三年の終頃 Fと2人で保護者、学校に無断で自衛隊入隊試験を受けるも不合格となる。

自衛隊に入れば銃がうてると思つて兵器科を志願した。

中学三年の折、宿題を忘れたり、Fが休んだりした折には時々怠学した。

姉S子が家では誰も高校に行つていないのだからといつて高校進学をすすめ願書をとりよせてくれた。(少年には全く進学の意思はなかつた)

昭和38年3月31日○○中学校卒業。

卒業の折、銃器製造の会社に入りたいと思つた。ガン雑誌で会社の所在地を知つたので新宿のヘンリン舘と言う会社の前まで行つてはみたが気がひけて応募しなかつた。(少年)

(昭和38年3月15日姉S子の世話で○形自動車に履歴書身元保証書等を送つてあつたので)

昭和38年4月10日 姉S子と2人で○形自動車KK社長に面接する。

採用決定する

同年4月20日より中野区○形自動車KKに通勤する。

きまつた時間にはきちんと出勤する、仕事も表裏なくよくやつた。給料7,000円は家に入れない。

昭和38年5月26日 姉S子少年にせびられてKK丸井新宿店でライフル銃を購入。

昭和38年7月13日姉S子実弾100発購入。

当時日産指定の○林自動車に住込んでいたFは電話で連絡したり、日曜日には逢つたりして、ブラジルの話などをした。

この頃から船に乗つて旅行したい気持になり船員を希望する。

昭和38年10月5日 運輸省関東海運局より船員手帳の交付を受ける。

即日同局東京支局船員職安の紹介状を持つて東京○○海運KKを訪ねて社長と面接する。

昭和38年10月の中頃にブラジルへ渡るためには特殊車の技術を覚えた方がよいと思い、友人Fの父の世話で横浜○○作業KKに○形自動車をやめて転職。

同年10月21日友人Fと会社の寮から出勤する。

同年10月25日 仕事の内容が荷揚人夫であつたので不満に思つてやめる。

同年12月5日 東京○○海運KKに採用決定。

同年12月20日 明日神戸から船にのると家人に告げて1人で荷づくりをする。

昭和38年12月21日 神戸港より第一〇〇丸に乗船出航する。

3ヵ月間の司厨見習(実際は雑役)国内航路。

船内では指示に従順素直、誰からも好かれる。信頼された。

船にのつて金さえためればもうじき銃が買えると思うとつらい生活も苦にならなつた。(少年)

少年が船員になることなどは、父母は知らされてなかつたので吃驚した。兄も知らなかつた。

昭和39年1月 正月休みに帰宅(四日市入港のとき下船)して家から姉のライフル銃を船に持ち込んだ。船で試射 船長に叱られる。

昭和39年3月以来毎月9,000円から10,000円位までを家庭送金。

少年はこの頃から司厨より機関部へ変りたいと希望していた。

義母はこの送金は全額貯金していた。

昭和39年12月23日姉S子友人の紹介で○○○町で芸者となる。

昭和40年春頃 金もたまつたので銃が買えると思い船よりおりる気になつた。(少年)

昭和40年4月12日 神戸港より40日間の有給休暇をとつて帰宅する。

同年4月13日 単身○○海運KKに赴き、自動車関係の仕事がやりたいと退職願を提出。

昭和40年4月少年が帰宅するや義母少年の預金(144,000)円を少年に渡す。

昭和40年4月15日 Fと2人で○○○○商事KKに行き、SKB水平二連銃を購入(許可証がないので現物は同店に於て保管する)

昭和40年4月24日 ○○○○商事KKに15,000円で銃保管庫を注文する。

同年5月8日 許可証を持つて同店を訪れてSKB二連銃を持ち帰る。

同年5月14日 銃の附属品を○○○○商事より購入。

同年5月15日 水平二連銃の火薬讓渡許可証を申請。

同年5月29日 姉S子からライフル銃譲受の手読を完了する。

以来本件までの間に7回位○○○○商事からライフル、水平二連銃の実弾購入する。

富岡射撃場へライフル銃射撃練習、八王子射撃場に水平二連銃射撃練習に3回乃至6回位行く。

以降本件に至るまでの経緯に関しては非行動機欄等を参昭。

意見書

(1) 少年の人格特性における問題点

少年の主たる人格特性は、本件非行に端的に示されるように<現実認識の欠如>と<空想と現実との未分化>の2点にしぼられよう。少年は自己の興味のある事物に対してはかなり深く熱中し、その満足のためにはかなりの計画性を持ち現実的な手段方法を画策する。然しこれは長期的全体的な意味で現実とつながつているわけではないので、そこには空想と現実とが極めて未分化な様相で共存しているといわなければならない。例えば本件動機欄あるいは前述の「本件非行の特質」においてみてきたように銃への憧れとその入手企図、またアマゾンの憧憬とそのための渡航準備なども少年にとつてそれは容易に実現可能な現実的事象として認知されている。従つて少年のいう「計画」や「企図」とは通常「あこがれ」とか「願望」とかいう言葉で表現さるべき、かなり空想的、非現実的な内容を示していると見なければならず、そこに築き上げられる少年の内的世界は極めて独善的な独自の世界であることは特筆されるべきところであろう。

このような<現実認識の欠如>や<空想と現実との未分化>を別観点から見ればそれは情緒的未成熟、共感性の欠如としてとらえることができよう。鑑別結果に指摘される如く、知能に比して精神内容は貧弱で考え方は子供つぽく、社会性も未発達であつて情緒的な未成熟さがうかがえる。そのため判断や行動は自己中心的部分即応的な形をとり、対人接触は円滑に運ばない。その交友関係においても後述するように、F、Yなどを中心とする2,3人の範囲に固定していて柔軟性がない。それは少年の内気さや対人不信感の現れとも見られようが、より根元的には人格の深層部面でかなりの偏倚をきたしていることによるやに感じられる。即ち少年は人との関係の中で諸々の気持が触れあつたり、共感しあつたりする情緒的なつながりを殆んど感じることができないようである。全調査過程を通じても少年の側から進んで人間関係の情緒的機微について語られることは殆んどなかつた。少年にとつて「人間」はただそこに偶然存在する「もの」の如くに認知されているようである。従つて少年は常に対人的相互作用の圏外に存在しているようである。辛うじて先述のFやYとの間にかなり深い交友関係が認められるが、それもたまたま少年との間に興味、関心、あこがれなどの点で一致しあうものがあつたからにすぎないのであろう。(ただし交友欄において指摘したようにEとの間には相互に内的世界を共有できる部分が多く、その意味で相互に共感しあえる面があつたようである)

以上のような人格特性の故に、少年は結果的には人間関係からの情緒的疎外をきたしているわけであり、空想や非現実に彩どられた<自己独自の世界>を築き上げ、その中に身を置くことによつてようやく自己同一性を保持しているといわなければならない。

(2) 人格特性の形成要因

それではこの<現実認識の欠如><空想と現実との未分化>といいあるいは<情緒的未成熟><共感性の欠如>という少年の人格特性は如何にして形成されたのであろうか、次にその考察を家庭、社会の両面に分けて述べることにする。

(イ) 家庭における問題点

父は極めて無口、非社交的ないわば人間嫌いといつた類の人であり、分裂性性格と称される性格類型としてとらえられるものである。かかる性格特徴を持つた父との間にもたれる人間関係は、いわば人格の表層部分での接触にとどまつてきたことが予想される。そのため少年は、通常の親子関係に見られる「父への同一視」といつた自我の発達段階を十分に経験できず、従つて少年の情緒的発達は幼少時以来かなり阻害されてきたものと思われる。なお父のこの性格特徴は兄G・Dにも少年にも少なからず共通して見出せるものであるので、これを気質的な共通性としてとらえ、そこに遺伝的先天的な側面を想定することも可能であることはいうまでもなかろう。

一方実母は8年前に死別しているので詳細な不明であるが、父や長姉の記憶によればかなり明るく行動的な姐御肌の人格であつて末つ子である少年を特に可愛いがつていたようである。その意味では辛じて少年は実母との間に情緒的な紐帯が保たれていたのではないかと推測される。(このことは少年の乏しい幼児期の記憶の中に実母の想い出が幾分なりとも残つていること、また実母死亡時の状况が情緒的出来事として少年に強く印象づけられていることなどからもうかがい知ることができる)。然しその実母も少年が10歳の時に死亡し、少年に家庭間における唯一の情緒的紐帯を断たれた感がある。

まもなく義母がその家庭に新たに加わつたのであるが、同女は家事従事者、家政婦的役割を果す存在としては十分有能であつたものの、実母なきあとの少年の情緒的間隙を満たす働きは持たなかつた。従つて義母による少年の養育もいわゆる少年の身のまわりの世話をするといつた程度のものにとどまり、少年の基本的な愛情欲求や依存欲求は十分に満されることがなかつたようである。こうして少年の情緒的発達は2人の女親との関係においても阻害されてきたものと思われる。これに加えて、父兄姉のそれぞれが、義母の存在により予想される家庭内の緊張や葛藤の発生を回避することに気を配る余り、相互の通常のかかりあいまでも極力さけてきた様子もうかがえる。元来既存の集団である家庭内に義母なり継母なりがあらたに加わるという事態は、その家庭間に一つの緊張をもたらすものであり、家族構成員はその緊張の緩和処理を通じて現実吟味を学習する機会を持つことになるわけであるが、この少年の家庭に見られる対処の仕方は逆に少年の現実認識の発達を阻んできたと見なければならない。

このように実父義母の性行を、反映して少年に対する養育監督は単に身のまわりの世話をするとか、一般的な注意を与えるとかといつた程度にとどまり、情緒的な裹づけがなく、少年の内面にふれるような働きかけは見られず、それぞれ思い思いの生活が許容されていた。その上一般の「しつけ」というものは、親子間の情緒的交流やかかわりを通じて初めて子供に内面化されるものであるということから、少年の家庭に見られる親子間のかかるよそよそしさは、少年の情緒的発達や共感性の発達を未熟ならしめたばかりでなく、併せて少年の「超自我」の成長をも基底部分においてかなり阻止してきたであろうことが想定される。また上記の父母による養育の状况と関連して同胞間の情緒的な結びつきも極めて稀薄だつたといえる。兄にしても姉にしても各々自分のことは自分で解決してゆこうとする傾向が強く、互いに協力しあつたり補いあつたりすることは少ないという以上に互いに深くかかわりあうことをむしろ避けてさえいるようである。兄は先述のように父と同様分裂性性格と見られ、加えて長期間の病気入院、続いて住込稼働、独立営業ということで早くから家庭を離れ、少年との相互交渉の機会は極めて乏しかつた。他方姉S子は実母の人格を彷彿させる性格ではあつたが、それだけに家庭内に安住できなかつたらしく家出という形で早くから家庭を離れ、少年を含む家族との相互交渉の圏外での生活が続いた。このように兄や姉の家庭を離れた時期が、偶々実母死亡の時期とあい前後しているので、少年は家庭内の生きた人間関係からの疎外をかなり小さい頃から受けてきているといわなければならず、かかる過程を通じて今日に見る少年の特異な人格(パーソナリティ)が形成されてきたものと考えられる。

(ロ) 社会的背景

上記のような生育環境としての家庭の問題点に加えて、社会的な問題点も検討されなければならない。そのうち最も顕著な点は少年がいわゆるベビーブームの最高潮の時期に出生していることであつて、それは後の学校教育の時期に当つて諸々の問題点を生じている。殊に中学校時は常に最も多人数の学年に属し、その結果教師によるきめの細い個別指導は不可能な状况にあつた。その上指導の中心は学年内の大半を占める高校進学希望者に置かれ、少年の如き成績は不振でも表面的には問題の見られない生徒への指導は格別なおざりにされがちであつた。こうして本来学校生活に期待されるべき社会的人間関係のあり方を学ぶ機会が十分には与えられなかつたと考えられる。また他方家庭内で果されなかつた自我の成長発達も促進の機会を得られなかつたものと思われる。

(3) 少年の人格特性と本件非行

先に述べた少年の人格特性<現実認識の欠如><空想と現実との未分化>は次の事柄の中に殊特徴的に看取できるといえよう。

(イ) ガンブームへの同調とその発展

少年の場合、銃への関心の高まりは、銃に関する知識の分化発展という空想的満足の段階にとどまることを得ず実物の入手、使用を熱望するに至つた。その実行に際しては、目的物(拳銃)の価値に比し、それに伴う危険が比較にならぬほど大である点に全く気付かなかつたばかりでなく、入手自体の失敗の可能性さえ認識していなかつた様子である。

(ロ) 大藪春彦の小説への共感

この小説は一種の超人の物語である。その主人公は法律にも人間的感情にも束縛されることなく、目的達成の障害になるものはすべて銃撃によつて解決をはかり、最後には必ず勝利を得ている。この主人公について少年は「あれはスーパーマンだから実際にはあり得ない」とロではいつている。然し理想像として強い共感を抱き、知らずしらずのうちにその主人公の行動、信条等を自己のうちに探り入れていたと見られるふしが多分にある。そこからこの種の犯罪への親近感あるいは関心が高められて行つたと考えられる。そしてこのことは同時に現実無視という側面をも示しているといえよう。

(ハ) Fとの交友

少年とFとの関係は、前にも述べたように他には理解されがたい。彼等独自の内的世界を共有する点において極めて特殊なものであつた。両者の交友関係の成立は、中学では一学級に属していたという偶然に由来しているが、少年にとつてFの存在は、少年独自の内的世界を支持しまたその発展を促進する上に非常に大きい働きをしていたといえよう。Fとのめぐりあいがなければ,少年独自の世界の発展をこれほどにはならなかつたといつてよいと思われる。そして彼等の世界が他から理解されないということは、彼等をして益々排他的な姿勢をとらせる結果になり少年にとつては現実無視の傾向を一層強化することになつたと見られる。

以上の例示に共通して顕著な現実無視の傾向は、少年の場合現実認識の欠如がその基盤にあると考えられるのであるが、それは現実社会との交渉に際し少年に葛藤をもたらしていたと思われる。少年はそれを通常の場合は周囲から素適とかよく働くと見られる形で処理していたようであるが、これは結局一時逃れにすぎず、少年自身には意識されない状態で不満が蓄積されていたのであろう。

そして少年は、空想と現実との未分化傾向が強いところから、空想的水準での攻撃性を高めて行く結果を生じていたと解される。そのような状態に前述(イ)ガンブームとの接触 (ロ)大藪の小説との接触が作用して空想と現実との未分化の傾向を一層促進し、本件という行動に至つたものと考えられる。

(4) 結語

以上分析してきたように、本件非行は少年の特異な人格特性に起因することが極めて大であつて他の人間には敢行しがたい行為と見られ、その意味ではこれを性格的非行として理解することが適当といえよう。少年な日常の生活場面においては本件の態様に見られるような凶暴性や攻撃的傾向が示されず、むしろおとなしく従順な人柄であつたことが誰からも指摘されている。然るに本件を通じて見られる少年の性格、行動傾向は、思考が現実から遊離しており自から作り上げた空想や願望に自ら刺激され、その現実的意味の自覚を欠いた状態で本件に及んだと考えるほかないと思われる。

本件についてはなお検討すべき点は多いのであるが、われわれの調査結果は上述の如くである。より徹底的な事件解明のためには今後長期継続的な調査観察が必要とされよう。

さてこれまた検討を加えてきたように本件発生の原因が少年の人格の未成熟さ人格特性の特異さに求められるとしても、一連の本件記録を見る時その態様は極めて重大かつ凶悪であり、社会に与えた影響は誠に大きい。また少年は、本件後もいまだ非行時の昂揚した心理状態を脱しきれずにおり、通常の意味での内省の苦悩が見られない。これらの諸点から本件を通常の少年の非行と同じ立場から把握し、通常の保護的措置をもつて律することは不適当であろう。加えて少年の現実的認識の欠如は通常の保護処分の方法をもつてしては矯正が著しく困難と見られる。

よつて本件に関しては刑事処分をもつて処遇し、公判過程において少年の認識を少しでも現実水準に引き戻すことが必要と考えられる。

以上

昭和40年9月

横浜家庭裁判所

主任家庭裁判所調査官 伊藤里治<印>

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